貿易赤字と円高メリット(後編)

(前編より続く)

存在しているはずの円高メリットは、どこにいったのだろうか。大きな流れの1つは、原油LNGを大量に輸入した電力業界に流れ込んでいるような気がする。11年の為替レートは前年比7.2%の円高になっているが、もし、円高がなければ、電力業界の支払いコストは円高相当分が上乗せされていたはずだ。電力各社がどのようなコスト計算をして、料金に反映させているのか、所管の経済産業省は厳格にチェックして意見を表明すべきだ。
また、円高で最終消費財がどの程度、影響を受けているのか、データ等によるはっきりした証拠はないが、一部衣料品や家具などの輸入品価格の値下げなどで消費が刺激されている面は否定できないと考える。日銀の白川方明総裁は24日の会見で、意外に堅調な個人消費の背景には、薄く広く円高の効果があるだろうとの見方を示した。

円高が原材料価格の上昇を吸収し、最終消費財の値上げが大きな基調にならなかったことで、消費者の購買心理が弱気化しなかった点もありそうだ。値上げラッシュになれば、買い控えムードが蔓延し、個人消費はさらに下押し圧力を受けていただろう。それと反対方向の効果があった可能性にも注目してもよいのではないだろうか。
ただ、高いブランドイメージを武器に値下げせずに販売増を図っている欧州系自動車や服飾品だけでなく、ワインやその他の輸入食料品の値下げもあまり進んでいない。「在庫品は、ユーロ安が進む前に輸入した」(ワイン輸入業者)という理由から値下げに消極的な企業が少なくない。だが、それは表面的な理由に過ぎず、そうしたケースでは輸入業者が円高差益を享受しているのだろう。とすれば、製品輸入比率の高い企業の業績は、今後伸びが期待できるだろう。

円高の進行は、約1400兆円にのぼる個人金融資産の対外的な価値を高める。そのことがある種の資産効果として、日本経済全体にプラスとして働く面も、大きな経済の枠組みから見れば、注目するべきだ。
顧みられることが少なかった円高の効果は、皮肉にも31年ぶりの貿易赤字転落という苦い経験とともに、再注目される機会を得たのではないかと考える。政府・日銀が円高のマイナス面として意識している中に、円高進行による家計や企業の心理的な悪化効果がある。多くの国民が冷静に円高のプラス/マイナス面を評価するようになれば、心理面への波及経路に大きな変化が生じる可能性があることも指摘しておきたい。