果たして今回も「原油100ドル超え」はあるか?(前編)

国内のガソリン小売価格は1リットルあたり150円を超え、4年ぶりの高値水準となった。
石油製品が値上がりしている背景には、原料となる原油の価格が世界的な上昇トレンドに入ったことがある。原油取引の代表的な指数であるWTI、北海ブレント、中東ドバイ価格は、17年半ばの1バレルあたり40-50ドル台を底値とし、今年前半にかけて堅調に上昇。足もとでは70ドル台を推移している。
原油の需要国である日本にとって、価格の上昇は経済のマイナス要因となることが多い。輸送コストや原材料費の上昇により、航空・物流・化学業界などで企業収益の悪化が懸念されている。家計圧迫への不安も広がるなか、個人消費の減退も気がかりだ。原油高がジワジワと「痛手」になりつつある。
このままいけば、100ドルの大台を突破するのではないか――。投資家からはそんな声も聞こえて来る。多くの商品がそうであるように、原油相場は需要と供給のバランスで動く。独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之・首席エコノミストは、「原油の供給が減り需給が逼迫するという見通しにより、価格が下がりにくい状態が続いている」と解説する。

需給逼迫で「先高観」がどうにも消えない背景には、何があるのか。最大の懸念材料は、突発的とも言える地政学リスクだ。米トランプ大統領が制裁を行おうとしているイラン、政情不安と経済崩壊で混乱が続くベネズエラの2大産油国で、原油生産が大きく減る見通しとなっている。「これまで考えていたより状況は深刻」と指摘する専門家は少なくない。
トランプ大統領は選挙時の公約に従い、5月にイラン核合意から離脱。核合意に基づき経済制裁が解除されていた同国に対して、最大級の経済制裁を再発動すると表明した。それに伴い、米国の同盟国にもイランへの制裁強化を要請している。
エネルギーに関する制裁の猶予期限は11月4日。それ以降、イランから世界への原油輸出は大きく落ち込む見通しだ。原油天然ガス生産において世界有数の資源エネルギー大国であるイランの原油が市場に出回らなくなる影響は大きい。野村證券経済調査部の大越龍文シニアエコノミストは、「当初、『今回は米国単独だから影響は限定的だろう』と見られてきた制裁だが、足もとではすでに影響が出始めている」と語る。
米国の大手情報サービス企業・ブルームバーグによると、イラン制裁の表明から8月までの間に、米国の同盟国によるイラン産原油の輸入制限が顕著になっているという。はじめは制裁に反対していた各国も、「米国内で事業を続ける自国企業が、トランプ政権によって不利益を被るリスクを避けたい」と考えているようだ。
たとえば、EUの輸入は日量50万バレルから20万バレルまで低下しており、11月の制裁発動でさらに10万バレル程度落ち込む見通しだ。イランから安く原油を買っていたインドも、同40-50万バレルから20万バレルまで急減する見通し。韓国と日本は同10万バレルがゼロへ。イランの友好国で輸入を継続する見通しの中国を除いても、主要取引先だけで原油輸入は70-80万バレルも減る見通しだ。
過去、オバマ政権による制裁時にイランの原油生産量は約25%、日量100万バレル減少して280万バレルとなったが、こうした状況のなか、今回の制裁では前回に匹敵するか、それを上回る減り方になる可能性がある。8月のイランの原油生産量は、OPEC総会で定められた日量約380万バレルの生産上限枠を、すでに30万バレル程度下回っている。

一方、実質的な国家破綻を迎え、生産の落ち込みに歯止めがからないベネズエラの状況も予断を許さない。ブルームバーグによると、日量約197万バレルの生産枠に対して8月の生産は133万バレルと、落ち込みが激しい。長引く米国の経済制裁の影響もあり、当局のアナウンスによれば、年末までに100万バレル近くまで落ち込みそうだ。
そんななか注目が集まるのが、盟主サウジアラビアをはじめとするOPEC(石油輸出国機構)加盟国、非OPECの大国ロシアが、イランやベネズエラの減産分を穴埋めできるかどうかである。それができないと、世界の原油供給はおぼつかないだろう。
原油価格の上昇を受け、OPEC産油国は今年6月の総会で、2017年初頭から続けてきた協調減産の緩和を決めた。実施中の減産措置につき、今年7月から年末まで、これまで150%程度だった減産順守率を100%へ引き下げるという「事実上の増産」に合意したのだ。とはいえ、石油収入確保のため原油の値崩れを嫌う加盟国の足取りは重く、増産目標は市場予想より小幅となった。

加えて、OPECの生産能力には不安がある。ブルームバーグによると、イラン制裁が本格化していない8月時点でも、加盟国全体の生産量は日量約3241万バレルと、生産上限枠約3273万バレルを達成できていない。また、OPECには日量300万バレル強の余剰生産能力があると言われるが、実は不透明要因が多い。増産の本丸はサウジアラビアで余剰生産能力が日量200万バレル強あるものの、減産に参加していないリビアとナイジェリアがそれぞれ持つ30万強の余剰御生産能力は、インフラの制約や内乱による政情不安によって見込めない状況だ。
ロシアは17年からOPECの協調減産に参加する直前、駆け込みで生産を増やしているが、当時の水準を考慮すると、余剰生産能力は日量20-30万バレル。現在は西側諸国から経済制裁を受けており、原油生産のための資金・資材を調達できないため、当時と比べて能力は上がっていないはずだ。
つまり現状では、サウジとロシアを合わせても余剰生産能力は日量200万バレル台半ばが限界。イランとベネズエラで予想通りかそれ以上に生産が減ると、「余力」はいくらもないことになる。

(中編へ続く)