8月24日夜の円急騰の際に何が起こったのか

25日の東京市場で円相場は1ドル=120円台を一時回復した。だが市場参加者の緊張は今も緩んでいない。前日夜の突然の円急騰劇の記憶が消えず、いつ円高が再燃するかと身構えているからだ。
日本時間24日22時10分。ほんの1-2分の出来事だった。1ドル=119円近辺で取引していた円相場が突然上昇し、一気に116円15銭まで3円近く跳ね上がった。1日で6円余り急騰するという08年のリーマン・ショック時に匹敵する円高加速。外国為替市場でいったい何が起きていたのか。

「夕方の時点で1ドル=120円を超えることは想定していたが、ここまで突っ込むとは……」(ドイツ証券の大西知生外国為替営業部長)。取引が少なく、値動きの荒い新興国通貨ではなく、主軸通貨同士の円・ドル相場の急変動に、為替取引に長く携わってきたベテランディーラーもそろって息をのんだ。
22時10分に何か大きなニュースが飛び込んだわけではない。ある邦銀の為替ディーラーは「いったい何が起きたのかと騒然としているうちにどんどん円高が加速し、ディーリングルームは異様な雰囲気になっていった」と振り返る。

円急騰の真相は今なお市場関係者も探っているさなかだが、現状で有力視されている説の一つがHFT(ハイ・フリークエンシー・トレード)と呼ばれる超高速取引の存在だ。HFTは1秒以下の超短時間の値動きを統計的に分析し、市場をまたいで大量の取引を執行する。例えば株価が大きく下がれば、同時にリスク回避通貨の円買い注文を大量に出すといった取引をする。

市場参加者によると、22時10分ごろに米国株式市場が開く直前に米株価指数先物が急落し、それに瞬時に呼応して円買い・ドル売りの注文が入ったという。いったん値が飛び始めると損失限定の売買も巻き込んで取引が連鎖する。これまで外為証拠金(FX)取引で円を売っていた個人投資家の損失も急速に膨張。証拠金が足りなくなった段階で円買いの強制決済が発動し、一段の円高を招く。まさに買いが買いを呼ぶ展開になった。
しかも円高が加速する間、円買いに対応した円売り注文は全くと言っていいほど出なかった。117円台を付けてから116円台に跳ぶまでは文字通り瞬く間の出来事。多くの市場参加者は24日昼の時点で120円を超える可能性すら想定していなかったため、これほどの急激な円高に対応できないまま円が跳ね上がった格好だ。

円急騰劇の遠因に、金融規制の影響を指摘する向きもある。「銀行の規制を強めるボルカー・ルールなどの影響で金融機関は大きな持ち高を取りづらくなっている」。クレディ・アグリコル銀行斎藤裕司エグゼクティブディレクターはこう指摘する。極端な持ち高を持つと金融機関の健全性が損なわれるが、銀行の大口取引が萎縮したことで市場全体のもろさが増したという。
円相場はその後、116円台での取引をごく一瞬で終え、すぐに117円台に売り戻された。翌25日午後の東京市場では円が急騰する前の119円台で取引されている。

ドイツ証券の大西氏は「昨夜の円急騰が市場の変動リスクを一段と高めた」と指摘する。一瞬で3円も動いてしまう相場では冷静な取引は望めない。「スプレッド」と呼ばれる買い気配値と売り気配値が開いてしまい、オプション市場では急激な相場変動に備える取引が増えている。突然の円急騰劇は相場の振れ幅を大きくし、円相場のボラティリティー(変動率)を高めてしまった。円相場動揺の起点になった中国経済は予断を許さない状況が続き、今後も激しい値動きの可能性を抱えたままで不安定な取引が続くことになる。